~旧盆特別企画~
ミステリー小説
初めての幽霊
ポチ新一・作
春男は恐怖体験愛好家だった。
具体的にどのような趣味かというと、霊的な恐怖感を快感として捉えている、一種風変わりなものだ。
『よっしゃ!今日も仕事頑張ったご褒美に、恐怖体験するぞ~!』
深夜、春男のアパート周辺は静まり返っていた。
『まず、レンタルのDVDをセットしてと...玄関のドアを少し開ける。』
春男は更に、シンクの蛇口をうっすら開け、水を張ったコップに、ポタリと数分置きに滴が落ちるようセットした。
『テレビの横に姿見を置いて、よしっ!準備完了!』
ボタンを押すと、ホラー映画の本編がスタートした。
『こっ...怖ぇーっ!』
時折玄関のドアが、風でギイギイ鳴った。
わざと錆び付かせてあるのだ。
恐怖感が絶頂に達した時、春男はおどろおどろしいシーンで一時停止ボタンを押した。
『よし!シャンプーするぞ!』
バスルームの窓を数センチ開け、反対側の鏡に向かってシャンプーする。
『ひえぇーっ!怖いよぉーっ!』
この言い知れぬゾクゾク感が、春男には何よりも快感だった。
だがそんな春男も、本物の幽霊を、まだ見たことが無かった。
『なあ、みんなで肝試しに行かないか?
僕が車出すからさ。』
春男は仲の良い職場の同僚を誘った。
どうしても本物の霊を見て、深い恐怖を味わってみたかったのだ。
『ええ~っ、やだよ~。俺そういうの苦手なんだ。』
『あらっ!面白そうじゃない。行ってみましょうよ。』
『あたしも、行ってみた~い。』
こうして春男たちは、男女四人、小高い丘の上に立つ、病院跡の廃屋へ行く事になった。
廃屋へ続く坂道は、舗装されてはいるものの、両脇には木がうっそうと茂り、何か出て来ても不思議では無かった。
『あっ!』
春男が突然声を上げ、急ブレーキを踏んだ。
『キャー!』
『何~?どうしたの?』
『ごめんごめん。猫...急に飛び出して来たんだ。』
『も~。』
それまで物見遊山だった彼女たちも、少し怯え始めていた。
『着いたぞ。
ここが病院跡だ。』
懐中電灯を手に、春男が車を降りた。
『おい..中入るのかよ....。』
『あたし何だかイヤな気分。』
『か、帰ろ...ね。もう充分でしょ。』
『なんだよ~,せっかくここまで来たのに...。
ちょっとだけ、な、いいだろ。』
春男の快感は絶頂に達していた。
『キャァーッ!』
一人が叫びながら指差した方向に、春男には見えなかったが、みんなは何かを見たようだった。
『おい?待てよ!みんな!』
他の三人は、恐怖に顔をひきつらせながら、慌てて車へ戻った。
春男が車の窓を叩くと、三人は叫び声を上げ、車のエンジンをかけると、春男を置き去りにしたまま逃げて行ってしまった。
『おおい!俺の車だぞ!
あ~あ、行っちまった...。』
春男は懐中電灯を手に、今来た坂道を一人、歩いて下った。
『こっ、怖ぇ~...。でも、最っ高~。』
虫の鳴く金属的な音や、近くを流れる小川のせせらぎが、恐怖感を一層あおった。
『何で僕だけ、幽霊見えないんだろうな~。
でも....ゾクゾクするぅ。』
その後、誰とも連絡がつかなかった。
みんな、よっぽど怖かったんだろう。
春男は大きな通りに出ると、タクシーを拾ってアパートへ帰った。
植木鉢の下に隠してあった合い鍵で、部屋に入ると、春男は心地よい眠りについた。
翌朝、仕事も休みだ。
満たされた気分でベッドでまどろんでると、側に男が立っていた。
『うわっ!びっくりした!お前か...。』
『車、返しに来たんだ。昨日はごめんな。』
『いいんだ。
それより、何だか変な事に付き合わせてしまって悪かったな。
車で送ってやるよ。』
『いいよ...。
もうあの車、乗りたくないんだ。』
同僚の男は青ざめた顔で、そそくさと部屋を出て行った。
すると春男のケータイが鳴った。
『○○警察署の者ですが、春男さん?でいらっしゃいますか?』
『はい、そうですが?』
『あなた名義の自家用車が谷底で発見されまして...』
『えっ?車はここに..』
『車内から三人の遺体が...。
ケータイにそちらの着歴が残っておりましたので、事情をお聞かせ願いたいと....。』
窓の外に、車は無かった。
辺りは、不気味な静寂に包まれ、
テーブルの上には、小豆色の血にまみれた車のキーが置かれていた。
~END~